On Saturday, 9/17, I had a privilege to perform both Izanai Yosakoi and Odissi at the Aloha Peace Festival 2011 which was held at Maui Arts & Cultural Center's McCoy Theater.
I enjoyed performing for peace and for the next generation's art education.
9月17日(土)にはマウイ アーツ アンド カルチャー センターのマッコイシアターにてアロハピースフェスティバルというイベントがあり、そこでオディッシとイザナイよさこいの両方を踊らせて頂きました。
平和のために、そして次世代の芸術教育の資金集めのために、喜んで演舞させて頂きました。
From left: Yako, me, Sarala 左から:やこ、あかり、サララ先生 |
Maui Izanai Dancers (of the day) From left: me, Yako, Mayumi, Azusa, Mika, Naoko この日参加してくれたマウイのイザナイよさこいダンサーズ 左から:私、やこ、まゆみさん、あずささん、みかさん、なおちゃん |
まずはオディッシのグループが先に踊りました。オディッシの方が着るのに時間がかかるのでね。サララ先生とやことバトゥを踊りました。いつも恩師と一緒に演舞を出来ることは光栄なことです。良い加減のプレッシャーがかかりますし、多くの学びを得られます。踊り終わってからやこと私は急いでイザナイよさこいの衣装に着替えました。まず「ムスヒ」という踊りを私が一人で。そして「オーバーユニティ」という踊りをみんなで。その二つの踊りの間に質疑応答の時間があったので、そこで少し息を整えることが出来ました。観客の皆様、沢山の良い質問をしてくださいました。お答えするのが楽しかったです。
左から:恭子さん、私、ちみちゃん |
そして踊り終ってから、友人のちみちゃん(彼女のすてきなブログはこちら)と私にとってマウイでのお母さんの一人恭子さんが舞台裏に顔を出してくださいました。恭子さんはわざわざ上の写真に映っている、珍しい青い花のレイを持って来てくださいました。まぁありがたいこと!
Actually, only a week prior to this event (on 9/8), Kyoko's dear husband, Jun passed away. His funeral service was held on 9/12, and I took a day off from work to attend. I met Kyoko and Jun right after I came to Maui (when I was 18 or 19 years old). They were the Japanese people who spoke Japanese and made me feel like home. I occasionally visited their home and was served with delicious meals and yummy snacks. Whenever I moved, Kyoko helped me. Whenever I had a car trouble, Jun was there for me. The very first car I owned on Maui was actually bought from them at a very reasonable price (almost given to me). Whenever I caught a cold, they worried and brought some food. They also attended my graduation ceremony. Kyoko is also a shamisen teacher (it's a Japanese traditional musical instrument). She and I have performed together, too. (You can read about it here.) I also remember doing the "Terumi" (a Japanese healing art) on Jun. Losing someone so dear to me let me feel really down, especially since the grief of losing Grandma Elsie and Suga was still fairy new at that point. For a couple of days, my heart was down. I knew that I was going to be okay, but sadness was sadness. Loss was loss. I allowed myself to fully feel it without rejecting or ignoring it. I thought that it was one of the privileges of being born as a human to feel all those raw emotions. So, it meant a lot to me what she was there. I could immediately tell where she was sitting from the stage. She said that our dance gave her comfort and energy. I was so happy to hear that.
実は恭子さんの旦那さん、純さんがこのイベントの一週間ほど前の9月8日に永眠されたばかりでした。お葬式が9月12日に執り行われ、私も仕事から休みをもらい参列させて頂きました。恭子さんと純さんは私がマウイに来てすぐに知り合った、日本語を話せる日本人の方達でした。お二人のお家に時々お邪魔させてもらっては、おいしいご飯やおやつを頂いていました。恭子さんは私が引っ越す際にはいつも手伝ってくださり、純さんは車のことで何か問題があったらいつも助けてくれました。私がマウイに来て一番初めに買った車も、純さんと恭子さんが格安で売ってくれたものです(ほとんどくれたようなもの)。風邪をひいて熱を出したと言えば、ご飯を作ってすぐに駆けつけてくださり、私の卒業式にも参加してくださいました。恭子さんは三味線の先生でもあり、過去には一緒に舞台を踏んだこともあります。(こちらのエントリーにその様子が書かれています。)純さんにはテルミーをさせてもらったこともありました。そんな風にいつもいつも優しく気にかけてくださっていた純さんがこの世を去られたことは、それだけでも十分気が落ち込みましたが、まだ生々しいエルシーおばあちゃんと須賀先生の死を再び訪れるようで、何日か正直言って気が滅入ってしまいました。でも滅入っていた間も、私が大丈夫なことはどこかで分かっていて、しばらくしたら元気になることは分かっていました。でも悲しいものは悲しいもので、それを否定することなく、十分味あっておこうと思いました。それも人として生まれてきた醍醐味の一つだと思ったからです。なので、恭子さんが来てくれたことはとても嬉しいことでした。舞台の上から観客席に座っている恭子さんがすぐに分かりました。私たちの踊りから安らぎとエナジーをもらったと言って頂いてとても嬉しかったです。
This is the video from taped at the event. This is the group piece we did. I must tell you. I made a couple of obvious mistakes :D I am sorry. Please enjoy those mistakes.
上のビデオがこのイベントで踊った際に撮影されたものです。グループの踊りのみですけど。先に言っておきますね。私、かなり目立つ間違いを何度かしました!ハハハのハ!ごめんなさーい。そんな間違いも愛嬌と思って楽しんでください。
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